東京高等裁判所 昭和27年(う)1544号 判決
原裁判所は昭和二十七年三月三日の第二回公判期日に本件の判決を宣告しているのであるが、右の期日における訴訟手続を記載した公判調書を見ると、その「出席した検察官」という欄には「森謙」と検察官の氏名が記入されているのに反し、「出頭した被告人」の欄には、その氏名を記載すべき矩形の枠にペンで斜線を引き、その斜線の中央に「宇都宮地方裁判所裁判所書記官補印」という職印が押してある。してみれば、右公判調書には、被告人が出頭した旨の記載がないというに止まらず、むしろ被告人が出頭しなかつた旨の記載がなされているものと認めなければならない。そして公判期日における訴訟手続で公判調書に記載されたものについては反証を挙げることが許されないのであるから、当裁判所としてはこれによつて原裁判所が被告人の出頭しない右の公判期日にその不出頭のまま判決の宣告をしたものと認めるほかないのである。
ところで、本件において公訴を提起されたのは窃盗及び銃砲刀剣類等所持取締令違反の事実なのであるし、記録を調査してもその他に被告人不出頭のまま判決の宣告をすることができる特段の事由の存したことは認められないから、原裁判所が右の期日に判決を宣告したのは刑事訴訟法第二百八十六条に違反するものであるこというまでもない。
ただ、右のごとき訴訟手続の法令違反の効果がいかなるものであるかについては検討を要するものがある。なるほど現行刑事訴訟法は旧刑事訴訟法と異り一審判決宣告の期日における被告人の出頭をきわめて強く要求しているのであつて、そのことは刑事訴訟法第二百八十三条から第二百八十六条までの規定を見れば明らかである。従つて、本件における手続の違法は、かなり重要なものということができるであろう。しかしながら、第一にかくのごとき法令違反があつても、そのために判決の言渡が存在しなかつたことになるわけではない。法が判決宣告に被告人の出頭を強く要求していることは右に述べたとおりであるけれども、しかし例外的には被告人の出頭なくして判決の宣告をすることも認められているのであつて、被告人の出頭が判決宣告そのものの成立要素であるとまではいえないのであるから、本件においてもともかく原裁判所の判決宣告という行為が成立したことは疑のないところである。そして、右の行為が全然無効であつてその言渡された判決がその効力を当然にもたないということもいえないところであるから、本件の違法は控訴審においては、結局刑事訴訟法第三百七十九条の規定するところによりそれが判決に影響を及ぼすこと明らかな場合にはじめて原判決破棄の事由となる性質のものというべきである。
ところで判決の宣告は、すでに内部的に成立した判決を外部に告知する手続である。従つて、その宣告の手続そのものに法令の違反があつたとしても、その違反はことの性質上判決の内容に影響を及ぼすことのありえないものだといわなければならない。そうであるとすれば、本件の法令違反は、これがため被告人が上訴の機会を失したような場合に上訴権回復を求める理由となるかどうかは格別として(しかし本件では被告人は法定の期間内に控訴の申立をしているのである。)控訴の理由としては成立しえないことになるわけである。
よつて論旨は理由がないことに帰する。